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津地方裁判所 昭和51年(ワ)32号 判決

原告

廣田雅史

ほか二名

被告

川端弘也

主文

被告は原告広田雅史に対し、金四九〇万円及び内金四五〇万円に対する昭和五〇年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告広田雅史のその余の請求、原告本田技研工業株式会社及び原告本田技研健康保険組合の各請求をいずれも棄却する。訴訟費用中、被告と原告広田雅史との間に生じた部分はこれを七分し、その一を被告の、その余を原告広田雅史の負担とし、その余の原告らとの間に生じた部分は原告らの負担とする。この判決は原告広田雅史の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告らの求めた裁判)

一  被告は

1 原告広田雅史に対し金二、八四五万七、六〇一円及び内金二、五四一万六、〇〇一円に対する昭和五〇年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員

2 原告本田技研工業株式会社に対し金三六四万四、四四一円及び内金三三一万三、一二九円に対する同日から完済に至るまで年五分の割合による金員

3 原告本田技研健康保険組合に対し金九六一万五、一四五円及び内金八七四万一、〇四一円に対する同日から完済に至るまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(被告の求めた裁判)

一  原告らの各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

(請求原因)

一  次のような交通事故(以下、本件事故という)が発生した。

1 日時 昭和四五年二月一日午後九時三〇分頃

2 場所 三重県鈴鹿市平田町(菅谷木材店前)市道上

3 加害車 被告運転の普通乗用車(三5の1375)

4 被害者 原告広田

5 事故態様 右市道上を走行中の加害車と歩行中の原告広田が衝突する。

6 受傷内容 第五頸椎脱臼骨折兼頸髄損傷、左下腿骨々折

二  被告は加害車の保有者であつた。

三  原告広田は本件事故発生後直ちに鈴鹿市内の塩川病院に入院して、治療を受けたが、前記傷害から仙骨部褥創、尿管結石、慢性膀胱炎を併発し、重態に陥つたため、昭和四五年二月五日同市内の中勢総合病院へ転院して、治療が続けられた。しかし、同五〇年三月一一日第四肋骨部以下下半身完全麻痺、両上肢筋萎縮著しく手指運動全く不能、立位全く不能のまま、同症状固定の認定がなされた。

四  本件事故により原告広田の被つた損害は次のとおりである。

1 治療費 金八七四万一、〇四一円

昭和四五年二月五日から同五〇年二月二八日までの間における前記中勢総合病院の入院治療費

2 付添看護費 金二六六万九、〇一〇円

(一) 原告広田の実母広田クリヱが昭和四五年二月上旬から同五〇年一月中旬までの間、少くとも一、八〇〇日間は付添看護に当たつたが、その費用として一日一、二〇〇円の割合による金員 金二一六万円

(二) 退院後二年間の付添看護費として一日七五〇円の割合による金員の現価(ライプニツツ式による、以下現価の算出につき同式により中間利息を控除する)金五〇万九、〇一〇円

3 入院雑費 金九一万二、五〇〇円

一日五〇〇円の割合による五年分

4 逸失利益 金四、五三六万一、〇六八円

(一) 原告広田は昭和二四年七月二七日生れで、同四三年三月高校を卒業して同年四月吉川工業株式会社に入社したが、同四四年六月一五日同社を退社して原告会社に入社した。しかし、本件事故により、前記のとおり入院治療中は休職し、同四九年一二月三一日原告会社を退職せざるを得ず、且つ前記後遺症により労働能力を完全に喪失した。本件事故がなかつたならば、原告広田は、原告会社に現行の定年である五五歳に達するまでと、その後五年間は従業員として勤務し、更にその後八年間は稼働して、収入を得ることができたものである。

(二) 本件事故発生の日の翌日から右原告会社退職の日までの休職期間中の給与及び賞与(別表1・給与一覧表)金三三一万三、一二九円

(三) 六〇歳に達するまでは、原告会社が従業員に対して適用していた昭和四九年度高卒モデル賃金表記載の金員を基礎として、原告広田は高卒後一年余を経過した時に原告会社に入社しているので実年齢より一年を減じた年齢の従業員に適用される賃金のモデル金額の現価(別表2・逸失利益計算表(一))金三八、九六六、二九九円

(四) その後八年間は昭和四八年におけるパートタイム労働者を含む産業計・企業規模計・年齢別男子労働者の全国平均年収入額にその後一年間余の物価、賃金の上昇を加味するため一・一六倍した金額を基礎として算出した賃金の現価(別表3・逸失利益計算表(二))金一七四万一、二七七円

(五) 定年退職による退職金については原告会社が従業員に適用している労働協約所定の退職金につき原告広田が一時払方式を選択したものとして算出した。

金額の現価(別表4・逸失利益計算表(三))金一三四万〇、三八三円

5 慰藉料 金一、三一〇万円

(一) 治療中の慰藉料 金三一〇万円

本件事故発生の日から前記症状固定が認定された昭和五〇年三月一一日まで、入院のまま独立で寝起きさえできない状況で治療を続けたその間の慰藉料としては、入院当初の一五か月間については金一七二万円、その後の四六か月については一か月金三万円の割合による金一三八万円が相当である。

(二) 後遺症慰藉料 金一、〇〇〇万円

6 弁護士費用 金三〇四万一、六〇〇円

原告広田は本件訴訟を弁護士である原告ら代理人に委任して追行せざるを得なかつたが、その相当な報酬額。

五  原告会社は、被告が填補すべき前記原告広田の損害のうち別表1記載のとおり合計金三三一万三、一二九円を、被告のため被告に代つて原告広田に対し支払つた。

六  原告広田は、本件事故発生当時原告組合に所属する組合員で、健康保険により前記傷病の治療を受けたので、原告組合は前記治療を担当した中勢総合病院を経営する三重県厚生農業協同組合連合会に対し、別表5・治療費支払一覧表記載のとおり合計金八七四万一、〇四一円の診療報酬を支払い、健康保険法六七条の規定により右支払金額につき原告広田が被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

七  なお、原告会社及び原告組合はいずれも本件訴訟追行を弁護士である原告代理人に委任したが、少くとも前記各請求金額の一割に当たる金三三万一、三一二円又は金八七万四、一〇四円がその報酬として相当なものであり、且つ、これは本件事故により原告会社及び原告組合の被つた損害というべきである。

八  原告広田は、前記後遺症慰藉料につき自賠責保険から金五〇〇万円の支払を受けた。

九  よつて、原告らは被告に対しそれぞれ次のとおりの金員の支払を求める。

1 原告広田

(一) 弁護士費用を除く前記損害総額金七、〇七八万三、六六九円の六〇パーセントに当たる金四、二四七万〇、二〇一円から治療費、原告会社から支払を受けた給与及び賞与並びに自賠責保険からの受領分を控除した金二、五四一万六、〇三一円及び弁護士費用の合計額のうち金二八、四五七、六〇一円。

(二) 右請求金員のうち弁護士費用を除いた金二、五四一万六、〇〇一円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年六月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2 原告会社

(一) 前記事務管理に基づく費用金三三一万三、一二九円及び弁護士費用金三三万一、三一二円の合計額金三六四万四、四四一円。

(二) 右請求金員のうち弁護士費用を除いた金三三一万三、一二九円に対する前同日から完済に至るまで前回一割合による遅延損害金。

3 原告組合

(一) 前記支払額金八七四万一、〇四一円及び弁護士費用金八七万四、一〇四円の合計額金九六一万五、一四五円。

(二) 右請求金員のうち弁護士費用を除いた金八七四万一、〇四一円に対する前同日から完済に至るまで前同一割合による遅延損害金。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項のうち1ないし5は認め、6は不知。

二  同二項は認める。

三  同三項は不知。

四  同四項のうち原告広田が本件事故により主張のような損害を被つたことは否認する。但し、本件事故発生当時原告広田が原告会社の従業員であつたことは認める。

五  同五項のうち、原告会社が主張のような金員を原告広田に対し支払つたことは不知、その余は争う。

六  同第六項のうち、原告組合が三重県厚生農業協同組合連合会に対し主張の金員を支払つたことは不知、原告広田の被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得したことは争う。

七  同第七項のうち、原告会社及び原告組合が本件訴訟追行を原告ら代理人に委任したことを除くその余は争う。

八  同第八項は認める。

九  同第九項は争う。

(抗弁)

一  本件事故は原告広田の一方的過失によつて発生したもので、被告に過失はなく、且つ、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害もなかつた。即ち

本件事故現場は南北に走る幅員八メートルの舗装された道路と東西に走る道路との交差点の南東角から南約二一メートルの地点であるが、右交差点は信号機による交通整理が行われ、またその南出入口には横断歩道が設けられていた。

原告広田は、黒に近い色の背広上下を着用し、酩酊状態にあつたものであるが、被告が加害車を運転して右交差点を北から南に通過し終り、先行車と約一〇メートルの車間距離をとつて時速約三〇キロメートルの速度で進行し、前記現場に差しかかつたところ、道路左側の空地から原告広田が周囲を見ることなく後向きで加害車の直前に飛び出した。被告はこれを発見すると急ブレーキをかけたが、間に合わず、原告広田は加害車の前面左部分に当つた後ボンネツトに乗り上げた。

そして、被告は本件事故当時原告会社鈴鹿製作所二輪品質課勤務で、二級自動車整備士の免許を有し、日常加害車の手入れ整備に意を用いていたもので、加害車に欠陥、機能障害は全くなかつた。

二  仮に、前項の主張が認められないとするも、原告広田は昭和四五年二月五日被告に対する本件事故に基づく損害賠償請求権を放棄した。

三  仮に、前項の主張も理由がないとするも、原告広田が本件事故につき加害者及び損害を知つたのは、遅くとも昭和四六年二月一日であり、そのときから三年間の経過により本件事故による損害賠償請求権は消滅したので、被告は本件訴訟においてこれを援用する。

更に、仮に原告会社及び原告組合についてはそれぞれが加害者及び損害を知つたときから時効が進行すると解すべきであるとするも、その時期は遅くも同四五年三月末日である。

四  仮に、原告会社によつて原告広田に対し別表1記載のとおり給与及び賞与が支払われ、且つそれにつき事務管理が成立するとするも、右支払は本人である被告の意思に反するものであるところ、被告にその利益は現存しない。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁一項のうち、本件事故発生が専ら原告広田の過失に起因し、被告に過失がなく、加害車に欠陥、機能障害がなかつたことは争う。

二  同第二項は否認する。

三  同第三項のうち、原告広田が加害者の被告であることを知つた時期は認め、その余は争う。

原告広田が損害を知つたのは前記原告広田の症状が固定した昭和五〇年三月一一日である。

また、原告会社の事務管理に基づく費用償還請求権は原告会社が被告に代つて原告広田に支払をした都度発生したものであり、各支払の時から民法一六七条二項所定の一〇年の期間が進行するものである。

原告組合の代位取得した損害賠償請求権についても、原告組合が治療費(保険診療報酬)を支払つた都度各支払のときからやはり一〇年の時効期間が進行するものである。

仮に、自賠法四条、民法七二四条の規定によるべきものとするも、健康保険法六七条一項の規定に基づく損害賠償請求権の取得は被保険者からの承継取得ではなく、原始取得と解すべきであるから、時効期間の起算点である加害者及び損害を知つたかどうかは原告組合についてみるべきところ、原告組合がこれを知つたのは昭和四九年になつてからである。

四  同四項は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一項中6(受傷内容)を除くその余及び同二項は当事者間に争いがなく、受傷内容は後記のように原告ら主張のとおりと認められる。

二  そこで先ず、本件事故につき被告に免責事由があるかどうか検討する。

1  被告本人尋問の結果によれば、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

2  成立に争いのない乙第七、第八号証、証人若林辰己の証言、原告広田雅史、被告各本人尋問の結果を綜合すれば次のとおり認められる。

(一)  本件事故現場は南北に走る幅員約八メートルの舗装された市道と東西に走る道路との交差点の南東角から約二〇メートル余南の地点で、右交差点には信号機が設置され、東出入口を除く三方の出入口に横断歩道が設置されていた。右市道の交差点から南方東側には歩道として整備されたものはなかつたが、舗装された車道とは別にこれに沿つて人の歩行する道があつた。本件事故現場の市道東側の菅谷木材店と道路との間は空地となつており、本件事故現場は明るくはなかつたが、右交差点の南西角に街灯が点灯し、菅谷木材店にも明りがついていた。

(二)  被告は加害車を運転して、市道を北から南へ進行し、先行車二台に続いて時速約三〇キロメートルで黄信号の点滅する前記交差点を通過したところで、原告広田が進路左側から加害車の進路に侵入してきたのを発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、原告広田は加害車の前部に衝突し、一旦ボンネツトに乗り上げた後、路上に転落した。右先行車と加害車との車間距離は約一〇メートルあつた。

(三)  当時、原告広田は酩酊しており、ふらつきながら前記空地から車道に出た。なお、原告広田は焦茶色の服を着用していた。

以上の事実が認められる。被告本人は、原告広田は加害車の一、二メートルの直前に飛び出した旨供述するが、にわかに措信し難い。右認定のとおり、原告広田は酩酊して足取りも不確かであつたのであり、また車道へ出るまでに先行車二台をやり過ごしたことになるのであるから、本件事故がいわゆる飛び出し事故に該当することは明らかであるとしても、右被告本人の供述するような突然のものであるとは認め難く、右認定事実からすれば、被告においてより早期に原告広田を発見し事故回避の措置を講じ得る可能性がなかつたととは断じ切れない。

もつとも、原告広田本人の尋問結果を除くその余の前掲各証拠によれば、本件事故発生の通報を受けて現場に赴いた警察官は目撃者の話を聞いて本件事故は原告広田の一方的過失に起因するものとして犯罪事件として立件することなく処理したことが認められるが、このことから直ちに被告の無過失を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、被告は本件事故につき自賠法三条本文の規定に基づく損害賠償責任を負うべきものである。

三  次に、原告広田が被告に対する損害賠償請求権を放棄したかどうか検討する。

被告本人は、本件交通事故は原告広田の一方的過失による自損事故であつて、今後「本件に関しては川端弘也に対し何らの異議の申し立て、法的処置等一切いたしません」との記載のある昭和四五年二月五日付「念書」(甲第四号証の二)が原告広田により真正に作成されたものである旨供述し、成立に争いのない甲第四号証の一(印鑑証明)によれば右念書に押捺されている「廣田」なる印影は原告広田の印鑑登録にかかる印影と同一のものであることが認められる。

しかし、成立に争いのない乙第五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一、第七号証、証人広田クリヱ及び弁論の全趣旨を綜合すれば、昭和四五年二月五日は、原告広田が本件事故直後入院した塩川病院から中勢総合病院へ転院した日であり、且つ原告広田が本件事故により負つた傷害は頭蓋底骨折・頸椎損傷、第五頸椎脱臼骨折・下腿骨折で、当時四肢は完全に麻痺しており、重篤な状態にあつたことが認められ、一方、被告本人の供述によるも、右念書の内容、原告広田の氏名等記載の一切は被告がこれをなし、しかも押印も被告が手伝つてなし、また印鑑登録は被告が原告広田の代理人として申請手続をしたというものであり、右原告広田の病状に原告広田雅史本人尋問の結果を併せ考えれば、右念書の作成に関する被告本人の供述はたやすく信用できない。他に、原告広田が被告に対する損害賠償請求権を放棄したことを認めるに足りる証拠はない。

四  次に、消滅時効の成否につき検討を加える。

1  原告広田が本件事故の加害者が被告であることを知つたのが、遅くとも昭和四六年二月一日であることは当事者間に争いがない。

2  弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八ないし第六七、第八六、第八八、第九一号証、前掲甲第一、第七号証、証人広田クリヱの証言及び原告広田雅史本人尋問の結果を綜合すれば、前示のとおり原告広田は昭和四五年二月五日中勢総合病院に入院して治療を受けることとなつたのであるが、同月一三日には腰部褥創、尿路感染症、同年五月一八日には急性肝炎等を併発するなど余病が発病、治癒しながら、同五〇年三月一一日第四肋骨部以下が完全に麻痺し、両上肢筋萎縮著しく手指の運動全く不能の症状が固定したもので、同年七月一〇日退院したことが認められる。

3  前認定の本件事故による受傷から治癒までの経過によれば、原告広田は本件事故発生の日から一年後の昭和四六年二月一日以前に後遺症を除く傷害に関し生じた損害即ち具体的には入院治療費、付添看護費、入院雑費、症状固定までの休業による逸失利益及び慰藉料等の発生を知つたものと認めるのを相当とする。けだし、社会通念上一体のものと観念できる損害についてその一部を被害者が知つたときはすべてを知つたものとして、そのときから民法七二四条所定の時効が進行するものと解すべきところ、右治療費等の損害はこれを一体のものと観念すべきものであるからである。そうであるから、もとより個々の具体的費用の支払又は利益の喪失等を被害者が知つたときから個々に右時効が進行するものではない。

ところで、後遺症は傷害が治癒したときにおいてなお残存する又は後日発症する障害であり、傷害とは別個のものと観念すべきである。そうして、原告広田が右四六年二月一日以前に前示後遺症に関する損害を知つたことを認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、原告ら主張の原告広田の被告に対する前示傷害に関する入院治療費、入院中の付添看護費・雑費、症状固定までの逸失利益及び傷害慰藉料請求権は昭和四六年二月一日から三年間の経過とともに時効により消滅したというべきである。(因に、損害賠償請求訴訟提起に当たり、原告において、当該訴訟で請求する損害と一体をなし、提起後に具体的な金額が確定することとなる損害について、後日これを請求する意思のあることを表明したときは、提起された訴訟により一体をなす損害全部につき時効は中断すると解するのを相当とする)。

五  そこで、原告広田の前示後遺症による損害額につき検討を加える。

1  付添看護費

前掲甲第九一号証、証人広田クリヱの証言及び原告広田雅史本人尋問の結果に前示後遺症の内容を併せ考えれば、原告広田は昭和五〇年七月一〇日退院後も、付添人の看護を必要とし、自宅において実母の看護を受けてきたことが認められるところ、退院後二年間におけるその費用としては一日七五〇円の割合による金員が相当なものと認められる。その現価を計算するに次のとおり(以下中間利息の控除は原告らの主張するライプニツツ式による)金三九万八、八二六円と算出される。

(750×365)×(5.7863-4.3294)=398,826.37

2  逸失利益

(一)  証人広田クリヱの証言、原告広田雅史本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告広田は昭和二四年七月二七日生れの男子で、同四三年高校を卒業すると吉川工業株式会社に入社し、同会社室蘭工場に勤務した後、名古屋支店に転勤になつたが、同会社を退職して同四四年六月一五日原告会社に入社し、原告会社鈴鹿製作所に勤務することとなつたものであり、七か月余にして本件事故に遭遇し(本件事故発生当時、原告広田が原告会社の従業員であつたことは争いがない)、前示のように入院中の同四九年一二月三一日原告会社を退職することとなつたものであることが認められる。

(二)  前示後遺症の内容からして、原告広田は完全にその労働能力を喪失したものと認められる。そして、原告広田は本件事故に遭遇しなければ、前示症状固定時から四三年間は稼働して収入を得ることができ、その間次のとおり収入を得ることができたものと認めるのが相当であり、その現価は次のとおり金二、九八二万一、五一〇円と算出される。なお、原告らは、原告会社の賃金体系を基礎にして算出した金員をもつて原告広田の得べかりし収入である旨主張するが、その前示経歴からして右主張は相当と考え難く、採用しない。

(昭和51年賃金センサス産業計:企業規模計:旧中・新高卒:25ないし29歳:142,500×12+459,200)×(18.0771-4.3294)=29,821,510

3  後遺症慰藉料

前示後遺症の内容及び原告広田の過失その他の事情を考慮するとき、後遺症慰藉料としては金二〇〇万円と定めるのが相当である。

4  弁護士費用

原告広田の訴訟代理人に対する報酬としては金四〇万円が相当な額と認められる。

六  ところで、前示本件事故の態様からすれば、本件事故の発生については原告広田に重大な過失があつたものというべきであり、これを前示付添看護料及び逸失利益につき斟酌するに、被告が賠償すべきその合計額は金七五〇万円と定むべきである。

七  原告広田が自賠責保険から後遺症慰藉料金五〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、前示損害額合計金九九〇万円からこれを控除するに、被告の原告広田に支払うべき損害金は金四九〇万円と算出される。

従つて、原告広田の請求は右金四九〇万円及び弁護士費用を除いた内金四五〇万円に対する損害発生後の昭和五〇年六月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるが、その余は理由がない。

八  原告会社の請求につき検討するに、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証、証人酒井紀昌の証言により成立の認められる同第七一号証の一ないし一三、第七二ないし第七五号証の各一ないし一四に右証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告会社は原告広田が休職中の本件事故発生の日の翌日から前示退職の日までの給与及び賞与として別表1記載のとおり合計金三三一万三、一五九円を原告広田に対し支払つたこと、ところで、右支払は原告会社に存する永年保障制度に基づきなしたもので、あること、従つて、その間原告会社は本件事故の責任の所在等につき調査するなどのことはなく、全く無関心であつたことが認められる。結局、本件において原告会社が右支払を、義務なく被告のためになしたものと認めることはできないから、他の点につき判断を進めるまでもなく、原告会社の請求は理由がない。

九  最後に、原告組合の請求につき検討する。

1  弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証、前掲同第七ないし第六七号証に弁論の全趣旨を併せ考えれば、原告組合はその組合員である原告広田の前示入院中の治療費の一部として保険診療機関であつた中勢総合病院を経営する三重県厚生農業協同組合連合会に対し別表5記載のとおり合計金八七四万一、〇四一円を支払つたことが認められるので、原告組合は健康保険法六七条一項の規定に基づき右支払金額につき原告広田の被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得したというべきである。

2  しかしながら、前示被告による時効の援用により原告組合の代位取得した損害賠償請求権は傷害に関するものとして消滅したものというべきである。

原告組合は、右損害賠償請求権の時効につき原告広田の知不知ではなく、原告組合のそれをもつて進行の起算点と定めるべきものと主張するが、右損害賠償請求権はあくまで被害者である原告広田の有していたものであり、原告組合が新たに被害者として被告に対する損害賠償請求権を取得したものと解するべき余地は見出せないから、右主張は採用できない。

従つて、原告組合の請求も理由がない。

一〇  よつて、原告広田の請求は前示範囲において正当としてこれを認容し、その余並びに原告会社及び原告組合の各請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 豊島利夫)

別表1 給与一覧表

〈省略〉

別表2 逸失利益計算表(一)

〈省略〉

別表3 逸失利益計算表(二)

〈省略〉

別表4 逸失利益計算表(三)

(55歳原告会社定年到達時における全額一時払方式)

退職金基礎額 4等級330号 103,900円

退職年金受給資格ある者の一時払支給率 50倍(25年以上勤続)

定年加算額 4等級 25年以上勤続 600,000円

退職一時払金の額=103,900(円)×50+600,000(円)=5,795,000円

同上受給日 昭和79年7月26日までの未経過年数 30年(切上)

同上未経過年数に対応するライプニツツ係数 0.2313

退職一時払金の現価額=5,795,000円×0.2313=1,340,383円

別表5 治療費支払一覧表

〈省略〉

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